
水と緑の街、大川。住む人々の生活をささえ、産業の歴史を見守ってきたこの川は、色々な美しい景観を造り上げてきました。 笑顔と活気の絶えない街には、故郷の風情と訪れた人を暖かく見守ってくれる優しさとの出逢いがあります。
筑後川河口近くでは土砂の推積が著しく、水深が浅くなり船舶の運行が出来なくなります。
そのため明治23年オランダ技師により導流堤が築かれました。
長さ約6kmにわたって、川の真ん中に石垣を築いて潮の流れを一定方向に導くことで船舶の安全運行に重要な役割を果たしています。
平成20年、社団法人土木学会の「選奨土木遺産」に認定されました。
小保・榎津地区は、江戸時代に小保町は旧柳河藩の宿場町、榎津町は旧久留米藩の港町として栄えた地区で、質の高い伝統的建造物が数多く残されています。
また、全国に残る伝統的町並みの中で、複数の藩により構成される町並みはこの地区だけです。
18世紀中頃の史料によると小保町には浜問屋、旅人宿、小店など一般の在方町と変わらない職種構成ですが、一方、榎津町は木挽15軒、桶師9軒、船大工101軒、大工41軒と木工に関わる職種が多いことが注目されます。
大川のインテリアのまちとしての基盤は、この頃に築かれました。
江戸時代の旧久留米藩と柳河藩との藩境に立つ石列です。
現在、石柱は28本残っていますが、平成2年の発掘調査で本来は29本であったことがわかりました。
石柱は、石質や大きさが異なっていますが、同じ間隔で、2箇所に穴があけられています。
この穴には横木が通されていたと思われます。
石列が作られた年代ははっきりしませんが、宝暦9年(1759)の「小保町絵図」の中に描かれており、18世紀中頃には石列があったことがわかります。
大川の伝統工芸の一つ、「組子」をモチーフにした水天宮通り。
頭上や足元をよく見てみて!いたるところに「組子」のデザインが施されています。
木工のまち大川ならではのバス停。 子供たちのユニークな発想の木製ベンチと時刻表掲示板がセットになっています。
永遠の名曲「古賀メロディー」が流れるという、カラクリがされている散歩道。
訪れる人の癒しの場として人気のスポットです。
地元クラフトマンの手がけたモニュメントたちが、人々を温かく迎えてくれるデザインプロムナード。
この通りを歩けば、自然と心が和み、話もはずみます。